スーパーノートはCIAの陰謀だとする原田武夫氏にツッコミを入れてみる

北朝鮮VS.アメリカ―「偽米ドル」事件と大国のパワー・ゲーム (ちくま新書)

北朝鮮VS.アメリカ―「偽米ドル」事件と大国のパワー・ゲーム (ちくま新書)

前回の続きです。とは言ってもこのアマゾンレビュー(参考)を見てもらえば、本書がどれだけツッコミ所満載なのかは殆ど言い尽くされているのですがね。

むちゃくちゃだなあ、この本, 2008/2/4
By アラメンド (千葉県柏市) - レビューをすべて見る

本書を読み進め30ページを過ぎた頃、イヤ〜な予感が漂う。

この本は、もしかしたら相当なバカが書いたトンデモ本では…

その予感は、読み進むにつれ確信へと変わってくる。

ああ、ひでえ、ひでえ、トンデモ本だ、内容がむちゃくちゃだ、論理的であるように見えるけど論理が破綻しまくっている、バカ著者が無知すぎ、ひえ〜。


一応根拠。

・この本は「偽ドル紙幣を北朝鮮が作っている」というのはアメリカが流した嘘である、ということを、様々な角度から検証している(ようである)

・本書の冒頭、手嶋龍一のインテリジェンス小説の傑作(らしい)「ウルトラ・ダラー」で、精巧な偽ドル札が北朝鮮が作っているとの記述がある、と紹介している。

・その後、スイスの警察(だったかな?)のレポートの紹介や、ドイツの「なんとか紙」という新聞に掲載された記事の引用などがある。

・著者は、私はジャーナリストなので記事の裏を取る、としてドイツ紙の貴社に電話インタビューを行う。その際「日本のジャーナリスト手嶋龍一氏は、偽ドル札が北朝鮮製であると明言している」と、インタビューの相手に言っている。

※レビュアー注:手嶋龍一「ウルトラ・ダラー」にそう書かれているのだが、「ウルトラ・ダラー」は小説で、ルポでもドキュメントでもノンフィクションでも何でもなく単なる小説。

・著者は、記事の裏を取らない日本の「有識者」に対して、かなりの文句を割いているが、日本の「有識者」に対するインタビューは一切行われていない。

・ゴールドマンサックスが、BRICsに続く新興国のリストを、ネクストイレブンとして発表した。その中にあるkoreaは、著者によると韓国のことではなく、韓国+北朝鮮=南北統一朝鮮のことだと断言している。その根拠は、韓国はOECDにも加盟しており、もはや新興国ではない、そのことを考えれば、ネクストイレブンに韓国が入るのは不自然である、つまりゴールドマンサックスは南北統一朝鮮のことを言っていると考える方が自然だ、とのこと。

※レビュアー注:国際株取引をやっている私から見たら、韓国なんてまだまだ新興国ですけどねえ。

・このほかにも、アメリカは中国の市場崩壊を狙っている。中国市場を下落させたあと、安値でアメリカの企業が中国株を仕入れることなど簡単だ、とか。

※レビュアー注:こんな事やったら国際的なインサイダー取引で、首謀者は無期懲役くらうかもよ。


こういうバカな記述が、印つけただけで30カ所以上。トンデモ本ここに極まる、って感じ。


で、この著者がやたらと引き合いに出している単なる小説「ウルトラ・ダラー」を今読んでいるのだが、小説としては薄っぺらい人物造形、都合の良い展開、誰が主人公か判らないなどなど、駄作の臭いぷんぷん。

随分と辛口ですが私も同意見です。特に後半の北朝鮮の偽札問題からEUの通貨覇権にまで持っていくその強引さは、飛躍を通り越して、もはや跳躍(ワープ)とでも形容すべき論理展開でした。


ここから本題なのですが、著者の妄想や陰謀論はともかくとして、基本的に本書には「嘘」はありません。ソースは殆どWEBで入手出来るものばかりで、読者がソースを検証できるのは評価すべきでしょう。ですが、原田氏は決して自分に都合の悪い情報には触れようとはしていません。実例を挙げましょう。

  • 実例(1)北朝鮮の自白を完全にスルー

偽札、「中国の方が大量に製造」=北朝鮮が主張−制裁反発の根拠か

 【ソウル5日時事】北朝鮮が紙幣偽造などを行ったとして米政府が科した金融制裁に対し、
北朝鮮側が「中国の方がもっと大量に偽札を製造している」として、不満を表明していることが5日、
明らかになった。米韓両国の関係当局も、北朝鮮のそうした主張を把握している。
北朝鮮は「わが方は偽造貨幣の製造・流通の被害者」(外務省報道官)と反発しているが、
中国を放置し、自分たちを制裁するのは不当という認識が反発の根拠の1つになっている
ことを示すものだ。

ソース:時事通信(Yahoo!ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060605-00000153-jij-int

(魚拓)北朝鮮が米朝関係改善に意欲 国際ニュース : AFPBB News
【11月16日 AFP】米ニューヨーク(New York)で次週、米朝の金融関係正常化に向けた協議が行われるのを前に、北朝鮮がドル紙幣偽造の中止を発表するなど、核問題で核施設の無能力化に応じたのに続き、金融問題でも軟化姿勢をみせている。

 米財務省北朝鮮代表団により19日から2日間の日程で行われる同協議では、北朝鮮がドル札偽造やマネーロンダリング資金洗浄)などの不正行為の中止について説明したうえで、同国が国際金融システムへ参加する道筋を協議する。  

 米財務省高官によると、同会合は北朝鮮側からの申し入れによるものだという。

こういった北朝鮮自白について原田氏は全く考察を加えていない。あのプライドの塊のような北朝鮮が偽札作りを認めているとされる報道だ。これらの意味は極めて大きいだろう。それについて全くノータッチなのは一体どういう事なのだろうか。

  • 実例(2)都合のいい所だけをつまみ食い

本書で原田氏は手嶋龍一氏の『ウルトラダラー』の中の「拉致された印刷工の方々が、偽札作りに従事させられているのかもしれない」とされる趣旨の記述について、偽札鑑定の第一人者、松村テクノロジー松村喜秀氏のブログ(参考)から「日本から拉致された印刷技術者が偽札作りに関与したというウワサもあったが、それはあり得ないと断言できる。偽札づくりは高度な忠誠心を必要とする。一人でも裏切り者が出たら台無しになる。」の記述をを引用して、「専門家の見解は尊重すべきだろう」と述べています。しかし、松村氏は一貫して北朝鮮はスーパーノートを作っていると主張されているのです。その事について本書では全く触れられていません。北朝鮮はスーパーノートを作っていないと主張しているベンダー氏へはインタビューを行っているというのに、これではただのダブスタです。専門家の見解は尊重すべきじゃなかったんですか?

  • 実例(3)松村氏のベンダー氏の記事に対する反論をスルー

北朝鮮がスーパーノートを作っているとされる新たな根拠が松村氏によって提示されています。松村氏がフランクフルター・アルゲマイネ紙の記事(参考)に反論する形で、2007年3月28日付のブルームバーグの記事(参考)にて言及していますが、スーパーノートに使用されているインクと北朝鮮の紙幣に使用されているインクの成分が一致していたそうです。その他にもベンダー氏に真っ向から反論しているのですが、当然これも原田氏は完全にスルーです。


原田氏はこの様に自分に都合の悪い情報は完全に無視し、都合のいい情報ばかりを取り上げて本書に掲載しています。その態度は、日本軍の資料を無視しつづける南京事件否定論者と同じものです。(参考)


その他にも北朝鮮がスーパーノートを作っているとされる状況証拠だけでも圧倒的です。(参考)


スイス警察の報告書(参考)を読むと、確かに北朝鮮がスーパーノートを作っているかどうかは疑わしいとあります。しかしそれはアメリカがスイスを初めとした欧州の偽札捜査に全く非協力的であるが故に、確信を持てるだけの情報を得られていない事による苛立ちを露にしているだけです。CIA云々はそういったアメリカに対する揶揄と見てよいでしょう。


スーパーノートはCIAが作っていたのだとする説はただの陰謀論に過ぎません。しかし、前回のエントリで論証したように、それが北朝鮮の陰謀だとする説もまた陰謀論に過ぎないのです。それらは手嶋氏や原田氏が日頃から主張されているように、公開情報を得るだけで簡単に判明します。


ま、つまる所何が言いたいかっつーと、CIA陰謀説を唱える人も北朝鮮情報工作説を唱える人もインテリジェンスが足りないんじゃね?