軍学者 兵頭二十八の東條由布子評

由布子氏が正式出馬表明 「東条英機の孫」出馬の意味合い

由布子氏が正式出馬表明 「東条英機の孫」出馬の意味合い

 7月の参院選に出馬する意向を示していた東条英機元首相の孫で、NPO法人理事長の東条由布子(ゆうこ)氏(67)が15日、都庁で記者会見し、東京選挙区から無所属で立候補すると正式に表明した。

 東条氏は会見で、東京裁判史観の検証、見直しのほか、高齢者、障害者福祉の充実、戦没者の遺骨収集問題に積極的に取り組むことを公約として掲げた。

 また、東条氏は、靖国神社のいわゆる「A級戦犯分祀(ぶんし)に否定的な立場をとるが、「私が当事者として発言すると、あたかも東条(元首相)個人のことを援護しているととらえられる。(選挙では)分祀反対を声高に訴えていくつもりはない」と話した。

 東条由布子さんが参院選に出馬する。自民、民主両党や国民新党などで比例代表候補としての公認の動きもあったらしいが、結局は腰を引いてしまったようで、東京選挙区からの無所属出馬となる。

 保守派の論客としても知られる東条さんだが、67歳。この参院選が激動の人生にけじめをつけ、政治の場をめざす最後の機会と判断したようだ。

 「富田メモ」「卜部侍従日記」など、A級戦犯合祀(ごうし)をめぐる昭和天皇の「不快感」が伝えられるなか、東条さんがあえて出馬に踏み切る意味合いは重い。有権者の「靖国観」を測るものともいえそうだ。

 東条さんは東条元首相の長男の長女。保守派の著名な論客の中にも「東条家の人は静かにしているべきだ」という人は少なくない。だが、あえて、本名ではなく東条姓のペンネームで発言してきた。

 東京裁判戦勝国が一方的に敗戦国を裁いたものであること、昭和28年8月、4000万嘆願署名を踏まえて、超党派による「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が国会で採択されていること、昭和天皇の最後の靖国参拝(ご親拝)は50年11月21日で、A級戦犯合祀は53年10月であり、ご親拝中止は合祀が原因ではなく当時の社会党憲法違反として国会で問題にしたのを配慮されたものであること…。

 東条さんはそうした歴史的経緯を改めて明らかにしたいとする。

 日本遺族会古賀誠会長(元自民党幹事長)の意向で分祀に向けての検討を始めている。処刑された戦犯の遺族は日本遺族会とはほとんどつながりがないまま、「白菊遺族会」を名乗り、かつては故笹川良一氏が自宅で慰霊祭を行っていたという。

 東条さんは4人の子どもを育て上げ、40代後半に国士舘大学に通って卒業した。アルツハイマーとなった母の介護に追われる一方で、アジア各地に放置されている100万柱を超えるとされる遺骨収集にも尽力してきた。選挙戦では福祉政策と遺骨収集体制の充実を訴えたいという。

 安倍首相は靖国神社の春季例大祭に神前に供える「真榊(まさかき)」を奉納したとされる。首相としては中曽根元首相以来20年ぶりだ。

 例によって中国、韓国などが反発しているが、仮にA級戦犯分祀が可能になったとして、「反日」の姿勢が改まるとも思えない。最近はその矛先が靖国から「南京」、さらに「慰安婦」へと移行してきたようにも見える。

 先の戦争について東条元首相は「自衛戦争だったが敗戦の責任は私にある」という態度を貫いた。処刑から今年は60回忌である。(客員編集委員 花岡信昭

参院選に出馬を表明した東條由布子(本名:岩浪淑枝)氏ですが、彼女に関して興味深い記述を発見したので御報告。


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さて、新風の一部の支持者が、東條英機の遺族の中でも遊星的な存在であるU女史を次の参院選に新風の公認で出したかったらしいと聞いた。じつにきわどい。そんな話がもし実現していたら、わたしは即座に新風への応援を撤回したところだ。
 松井石根伊豆山に建設した観音堂を、戦後も維持して行こうという旧軍将校の活動がある。その中心の一人は、A級容疑をかけられた徳富蘇峰のお孫さんである。わたしはその方から直接にうかがったことがある。東條氏の遺族の某女史がそのあつまりの場に乗り込んできて支那事変とも東京裁判とも何の関係もない彼女の商売のPRをしたという。この旧軍将校グループと某女史の関係が、こじれにこじれたことすら知らないのが、「バカ右翼」たちの真骨頂らしきところだろう。「東條」という記号をかつぐことが今どきは善行だと見積もっているらしい時点で、もう10年前の小林よしのりレベルの浅薄さではないのか。いくらネットの上でも、それでリアルな政治に関与しようとは……。うんざりさせられる。魚谷氏ら新風幹部が、適切な判断を下せたらしいことだけが、救いであり朗報である。